2017年11月11日

実物 日本陸軍 昭和十八年制 将校准士官用冬衣

皆さんおはこんばんちは

さて今回は久しぶりに日本軍物の実物を御紹介したいと思います。
と云いましても状態はかなり悪い品ですが・・・

とりあえず画像をば。





こちらは実物 日本陸軍 昭和十八年制 将校准士官用冬衣になります。

**追記** 十三年制と思ってましたがホックの材質、肩章装着用の穴無い事から
後期の十八年制と思われます。


当ブログ初
将校被服ではないでしょうか・・・?
ちなみに状態は画像をご覧になって分かるようにかなり悪いです。

将校准士官に関連した被服や装備品は私は収集していないのですが
今回御紹介しましたのには理由が御座いまして・・・

以前に紹介しました尉官襟章を譲って下さった父の御友人所有の品で御座います。
http://nihonmasamasa.militaryblog.jp/e848742.html (実物 日本陸軍 尉官襟章)

この品も襟章同様に従軍当時御父上の品だったそうで
どうせ処分する事になるからと私が頂く事になりました。

この場を借りて改めて御礼申し上げます。本当に有難う御座います!


 

生地ズーム画像。

色合い濃い茶褐色厚手のサージ製です。
下士官兵用と比べると濃くはっきりした色合いですね。



襟部正面の画像。

襟部一部破れた状態です・・・
戦後も着られてたそうですが大分使い込まれています。



襟のホック部の画像。

襟のホックの爪欠損しており爪を留める金具しか残っていません。

ホック2つ存在します。
下士官兵用の折襟軍衣では1つになりますが
将校准士官用では立襟と同じ2つのままなのですね。

ホックていますので真鍮製ではなく鉄製のようですね。



襟部内側の画像。

内側には襟カラーを装着するための突起が備わっています。



展開させた状態の画像。




裏側には画像のように濃緑色生地縫い付けられています。

縫い付け方も興味深いですね。



背面の画像。

背面二枚生地繋ぎ合わせた作りになっております。



続いては胸部などを見ていきたいと思いますが・・・
こちらも状態は良くありません。



の画像。

金属製ですが全て錆ており紛失していたりしております。





こちらは胸部物入れ(ポケット)の画像。

内蔵式物入れ雨蓋の形状長く尖っているのが特徴です。



内部の画像。





    
続いては腰部物入れ(ポケット)の画像。

腰部もやはり内蔵式長方形に近い形状をしております。





続いては側面切り込み部の画像。

下士官兵用では両側面切り込みが存在しましたが
この冬衣では軍刀を吊る片側にしか存在しません。






続いては袖部の画像。

には釦の類はありません袖生地折り返されているのが特徴です。


十八年制からは袖章が付く事になりますがこの服には付いておりません。
戦後になって取り外されたのでしょうか。



続いては内装部の画像。

やはり内装部破れなど多いですが特徴が見てとれます。



裏返しにした状態の画像。

袖部裏地ストライプ調生地が使用されております。
綿生地ではなく白く派手な裏地になっており下士官兵用の官給品ではまず有り得ない仕様です。
何処で仕立てのかは分かりませんが・・・軍用というよりスーツなような印象です。



こちらは左胸部の裏側の画像。

左胸の裏側には内ポケットが存在します。
小型と中型のポケットが並ぶ形で2つ設けられています。

1つは懐中時計でも入れる為のものでしょうか?



背側内装部の画像。

裏地の縫いといった縫製は手間が掛っております。
下士官兵用の官給品とこれほど違うとは・・・





ちなみにこの品には襟カラー5つも付いておりました。

白色と濃緑色の2種類で長さもそれぞれ微妙に違っております。
もしかしたら夏・冬衣で長さも違ったのかもしれませんね。


さて以上で実物 日本陸軍 昭和十八年制 将校准士官用冬衣の紹介になります。

私は以前から書いていますように将校准士官装備の収集はしておりません。
しかし今回運良く被服を入手出来、将校服の構造を手に触って知ることが出来ました。
このような機会はあまり無いので勉強になりました・・・!

さてこの服ですが試しに着てみた所、かなり小さかったです。
持ち主の方は身長の低い御仁だったと推測します。
襟章に被服を入手してみると・・・さらにこの方(持ち主さま)の軍歴がどのようなものだったか気になりますね。

状態が悪くサイズも小さい服ではありますが・・・
私には初めての将校被服です。記念すべき1着ですね・・・!

さて今回は以上になります。
ではでは~

ノシ





  






同じカテゴリー(・日本軍 実物 装備)の記事画像
日本軍 実物 三十年式銃剣①
日本軍 無可動実銃 三八式歩兵銃
実物? 日本陸軍 尉官襟章
日本軍 実物 九〇式鉄帽 大号 (篠原工房さま再塗装&内装)
日本海軍 実物 陶器製手榴弾
日本陸軍 実物 水嚢(折り畳み式布バケツ)
同じカテゴリー(・日本軍 実物 装備)の記事
 日本軍 実物 三十年式銃剣① (2017-12-16 12:56)
 日本軍 無可動実銃 三八式歩兵銃 (2017-07-22 23:40)
 実物? 日本陸軍 尉官襟章 (2017-04-29 13:50)
 日本軍 実物 九〇式鉄帽 大号 (篠原工房さま再塗装&内装) (2017-03-18 19:57)
 日本海軍 実物 陶器製手榴弾 (2017-02-18 21:43)
 日本陸軍 実物 水嚢(折り畳み式布バケツ) (2017-01-14 19:09)
Posted by アンチョビことチビ at 13:18│Comments(6)・日本軍 実物 装備
この記事へのコメント
ど~も!

模造品 九八式軍刀のコメを無視された参謀本部で~す!(軽いイ・ヤ・ミ)

今回は実物将校用軍衣ですね

プログの画像を見て思ったんですけど・・・

この軍衣は九八式じゃ無くて三式ですねー
(以前に掲載された実物 日本陸軍 尉官襟章と同一人物からして・・・)

まずお聞きしますが軍衣両肩に「切込」が有りますか?

有れば九八式ですけど・・・無ければ三式ですね。

仮に九八式でも後期頃の軍衣ですかね・・・

九八式と三式の違いは多々有りますが、まず襟のホックが九八式までは真鍮製で三式以降は鉄製です

生地質も九八式頃まではサージですが、三式頃からは混毛(綿地)に成ります(なので茶褐色に変わります)

また釦ですが、プログの軍衣の釦の裏側の「模様」は有りますか?

当方が見た分ではプログの軍衣の釦は「下士官・兵用釦」の様な気が・・・

まぁ程度の良し・悪しは別としてもお知り合いから回って来た実物将校軍衣
なのでアンチョビさんが以前プログに掲載された実物 日本陸軍 尉官襟章
を付けて保管されると良いですよ!

今後も大事にされた方が好いと思います!

次は久々の軍装品問題を掲載しますか?
Posted by 参謀本部 at 2017年11月11日 20:48
>>参謀本部さん

こんばんわ!参謀本部さん。
この度も書き込みを下さり有難う御座います。

参謀本部さんが特にお詳しい将校用装備の記事に書き込みを頂けて嬉しく思います。
本当に有り難く思います。

区別は釦と肩章用の切り込みの有無なのですね!
全く存じませんでした・・・!切り込みも無くホックの材質から
18年制の後期型のようですね。題名と本文を訂正したいと思います。
助かりました・・・!御指摘して下さらなかったら放置していたと思います。


模造九八式軍刀の書き込みは私に向けてのものでしたか。
てっきり初心者さんへのものかと勘違いしておりました。
気付かず申し訳御座いませんでした。失礼致しました。

書き込み繋がりになるのですが布製略刀帯における参謀本部さんの
図嚢に検印がある物の件ですが該当の図嚢はもしや中が布貼りではなかったでしょうか?
でしたら見習士官の物の可能性が高いかもしれません。
Posted by アンチョビことチビアンチョビことチビ at 2017年11月11日 21:23
早速の御回答、有り難う~!

まず、当方の前回の帝政いや訂正を・・・

アンチョビさんが昭和十八年制 将校准士官用冬衣と称しているのに
>この軍衣は九八式じゃ無くて三式ですねーと、何と間抜けな!

>何処で仕立てのかは分かりませんが
ですが、この軍衣は失礼な言い方ですが、階行社関連の吊物(プレタポルテ)品ですよ

当時、将校用軍衣は採寸で製作した物と上記の二種類が有りました
(見分け方は簡単ですよ!)

釦ですが、当時帝国陸軍将校用は明治三十八年製~九八式まで真鍮製で裏に模様が有りました

18年制(三式)軍衣では金鉄釦(金色を塗装した物)が使用されますがそれでも裏側に模様が入った釦です

因みにこの時代(18年制)の下士官・兵用軍衣の釦はベーク製が多いと思います

後、重箱の隅を楊枝でほじくる様で申し訳ですが・・・

サイドの切込は
>この冬衣では軍刀を吊る片側にしか存在しませんですが、両側に切込が有る軍衣は下士官・兵用の在郷軍人軍衣ですねー

後、内側の物入れ(ポケット)ですが
>1つは懐中時計でも入れる為のものでしょうか?は帝国陸軍将校の大半は懐中時計は殆ど所持していません(腕時計が主流)
仮に所持しても軍跨(ズボン)の前側の小型ポケットに入れました

帝国陸軍・海軍軍衣(実物)の軍歴・戦歴を知る参考ですが、当方は勲章・徽章を取り付けた糸係を見ますよ
下士官・兵用だと部隊名が有るのでもっと分かり易いかなぁ?

最後にご指摘の図嚢の件ですが(人様に回答の嫌味を云って、自分が忘れているんじゃ・・・)
当方が以前に所持していた図嚢(官給品)には内側に布張は有りませんでした
検印は雑嚢を同じ様な印が有りました

因みにアンチョビさんが時折掲載している「一億人の昭和史」の日中戦争で
九二式重機の後で重機分隊長?が図嚢を下げている写真を見た記憶が
有りますよ
Posted by 参謀本部 at 2017年11月12日 07:52
>>参謀本部さん

こちらこそ早速の御返信誠に有難う御座います。

いえいえ。参謀本部さんの御指摘を受けてからすぐに十八年制に訂正させて頂きました。

何と。この服は吊るしでしたか!?
サイズは下士官兵用の6号以下ぐらいに感じましたので。
将校被服はさらに小さなサイズも用意されていたのですね。

成程。確か独逸でもズボンに懐中時計用ポケットが存在しますね。
やはり上衣よりも袴に入れる方が一般的なのでしょうかね。

以前から話になっている図嚢ですが検印がある図嚢に該当するのは
官給の見習士官用の物かと思います。
当ブログでも複製品で紹介させて頂きました(検印は再現されていませんが)
参謀本部さんのおっしゃる図嚢はどのような大きさで形状の物かは存じませんが
検印があるだけでも相当価値がありとても貴重な品ではないでしょうか。

おっしゃる重機分隊長が携行する図嚢が件の検印ありの物でしょうか?
後学の為にも探してみたいと思います・・・!
Posted by アンチョビことチビアンチョビことチビ at 2017年11月12日 09:32
ど~も!

納豆の糸の如くシツコイ参謀本部で~す!

実物軍衣のサイズですが、当時の衣装は化学繊維を使用して居ない為
経年変化・劣化で相当小さくなる様ですね

当方が現在所持している明治八年制大尉軍衣は今日の高等小学生が着れる位の大きさです

大体、アンチョビさんの様な肥満で丙種合格者が当時軍衣が着れる訳が無いですよ!(笑×5)

懐中時計の話ですが、将校が命令下達・作戦時に時刻を確認するのに上着の中に手を入れてゴソゴソは不自然と思います

また図嚢の件ですが、随分と「見習士官」に拘りますねー????

当方が云う「官給品図嚢」は下士官・兵に「隊与」された品と考えます

帝国陸軍の階級制度では見習士官は準士官に相当しますが、軍装は
下士官と同様です(軍刀・拳銃は所持)

当方は申し訳御座いませんが下士官・兵用の軍装品知識が薄いので
ハッキリとは申せませんが、当時、見習士官に限らず曹長・軍曹・伍長でも図嚢は所持してたと思いますよ

また前回当方が記載した>日中戦争で
九二式重機の後で重機分隊長?が図嚢を下げている写真を見た記憶が
有りますよですが、「満州事変編」の張鼓峰事件の重機で対空射撃を行っている写真でした(ゴメン!)

先に申しました「一億人昭和史」でも確認出来ます

一例を上げれば「陸軍編」で歩兵科の欄で突撃をする兵の中央部分の兵
が図嚢を下げて居るのが確認出来ます

後>参謀本部さんのおっしゃる図嚢はどのような大きさで形状の物かは存じませんが
検印があるだけでも相当価値がありとても貴重な品ではないでしょうか
ですが、当方が以前に所持していた検印入の図嚢はハッキリと寸法は
覚えて居ませんが25㎝×20㎝位の小型でした
(官給図嚢は詳しい大家に寄れば大きさに統一制は無いとの事です)

なんせ、下士官でも双眼鏡(九三式?)が支給されたんですから・・・

最後に>おっしゃる重機分隊長が携行する図嚢が件の検印ありの物でしょうか?ですが、流石に当時の写真から検印の有無は確認出来ません!
Posted by 参謀本部 at 2017年11月12日 21:04
>>参謀本部さん

成程、単に縮んだという事も考えられるのですね。

官給=検印ありという認識でしたが貸与される例も失念しておりました。
下士官以下でも図嚢を所持している私も知っており写真でも多く見受けれるのですが
陸軍では図嚢は殆ど自費調達品といった私物が多いというのが私の認識です。
ちなみに重機分隊長が携行する図嚢が検印ありかどうかという私の質問ですがあくまで形状・外観から区別が付くのでは?という意味で御座います。

双眼鏡は勿論、分隊長といった下士官でも支給されていたと思います。


図嚢の件に関しましてしつこく不快な思いをしましたら申し訳御座いません。
それではこの話題は今回で終わりにしたいと思います。
複製布製略刀帯の記事での下士官以下の私物軍刀の所持に関しましても
やはり気になる点が御座いましたもので。
Posted by アンチョビことチビアンチョビことチビ at 2017年11月12日 21:51
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。