2011年10月15日
中田製 複製 明治三八式夏軍衣袴
イベントは終わったものの、連休開けで色々忙しいです・・・
さてさて、いつも通り複製品の紹介をば(ry
今回は・・・
中田製複製 日本陸軍 明治三八式夏軍衣袴 をご紹介致します。
実物は明治38年(1905年)に制式化された戦時軍衣袴が元のようで、
カーキ地に立襟に肩章という昭五式軍衣まで続く伝統の発起ともいえるのではないでしょうか?
三八式夏軍衣の前面背面。
今まで紹介した昭五式夏軍衣、九八式夏軍衣と比較して
生地の色がかなり茶が強いのがお分かりになると思います。
明治三八式夏軍衣の胸部正面のアップ。
生地の色は違えど基本構造は昭五式とあまり変わりません。(こちらが先なんだから当たり前)
しかし細かく見ると同社の昭五式と違う部分があるのです。
袖部分。
袖には赤のバイピングが入っています。これは改四五式軍衣まで続くのですが、
この明治三八式は四五式としても代用というか使えるのでしょうかね・・・
一部では中田三八式=四五式的な意見も聞いたような・・・
襟部のアップ。
立襟で2つのホックで襟を閉じます。
この辺は昭五式と変わりません。
明治三八式の胸ポケットのアップ。
最初見たときは変わった作りだな・・・と思いました。
ポケットの蓋の縫い付けのせいでしょうか。
旧軍の軍衣にしてはあまり見掛けないポケットの縫い付けと作りにみえます。
その辺の比較は後ほど。
続いては剣吊り部分。
もうこの時期より剣吊りが存在します。(1905年)
この剣吊りがいつ頃から軍衣に標準装備されたのかは存じませんが
思えば長い伝統ですね。
次はボタンの拡大画像。
胸ポケットの小ボタンも含め、ボタンは同社の昭五式と形状が大きく違います。
それは見るより触ってみないと気付きません・・・
この明治三八式夏軍衣のボタンは何とひし形のような形状なのです。
本当に一見すると見分けがつきません。
実物はどうかは知りませんが、
中田商店はここまで違いを再現しているのでしょうか・・・!
続いては三八式夏軍衣の内装。
こちらは本来は検定印のある個所でしょうか。
真っ白な白布が縫い付けつけられていますが、ここに氏名などサイズ表記などをするのでしょうか。
上記部分の下にある中田商店の刻印。
右の数字の『2』はサイズを意味しています。つまりMサイズですね。
続いては中田の刻印の下にある内ポケット。
俗に包帯入れと呼ばれている部分ですが、明治三八式でも同様に呼ばれていたのでしょうか。
またその反対側にも同様に内ポケットが存在します。
では・・・昭五式には・・・!?
それも後ほどご紹介致します・・・
さて続きましては・・・
次に袴(ズボン)の画像。
こちらも上衣と同様に赤のバイピングが入っています。
袴正面のアップ。
ボタン式による開閉する社会の窓。
ボタン数は六個です。
そしてここで大きな驚きが・・・
明治三八式の袴はなんとサスペンダーによる吊り式かベルト式のようです。
昭五式、九八式のような紐式ではないのです。
続いて袴の後面のアップ。
ここも中々個性的なつくりです。
袴の後面にあるベルトで腰というかヒップに合わせて調節できます。
意外と丁寧な作りですが・・・・
ベルトそのものは夏軍衣袴と同様の綿素材で出来ています。
それをバックルにある2つの鋭い突起の金具に刺し込んで位置を調節するという結構荒技・・・!
使う度に綿ベルトは穴だらけになるのは必至ですが・・・
本当にこの使い方でよいのでしょうか・・・
袴(ズボン)のポケットは赤のバイピングに隠れるような形で存在します。
この部分が意外とオシャレですね・・w
袴(ズボン)の裾部分。
こちらは以前紹介した中田製昭五式と同様に紐で裾を縛りません。
実はその後、この部分の事実が判明しましたが・・・
それも後ほど・・・でw
さて今度は中田製明治三八式夏軍衣と中田製昭五式夏軍衣を比較していきたいと思います。
いずれの軍衣も素人目には同じ構造の衣服に見えますが・・・
実際は大きく異なる個所が多々あります。
ということで早速画像をば
左が中田製 昭五式夏軍衣。
右が中田製 明治三八式夏軍衣です。
生地の色も大きく違い、ボタンも全く違います。
また背面の裁断が明治三八式では1枚だったものが
昭五式では2枚になっています。
まずは特徴である襟の比較。
実は明治三八式の方が襟は高く出来ています。
左が中田製 昭五式夏軍衣。
右が中田製 明治三八式夏軍衣。
いずれも複製での比較ですが、やはり実物も三八式の方が襟の全高が高いのでしょうか?
軍衣も年式が新しくなるにつれて機能的になってきますので
昭五式に行き着いた時には高襟なのは機能的とは言えなくなったかもしれませんね。
続いては胸ポケットの比較。
左が中田製 明治三八式夏軍衣。
右が中田製 昭五式夏軍衣。
やはりポケットの造りが大きく異なるようです。蓋の形状も微妙に異なります。
左の明治三八式のポケット蓋の作り(縫い付け)が浮いてみえるのは
分厚い裏地への縫い付けのためです。
また画像では確認しにくいですが、ポケットの縫い付けは
左の明治三八式夏軍衣は一点縫いに対して、右の昭五式夏軍衣は二点縫いになっています。
1つ上の画像が明治三八式の胸ポケットの縫い付けの拡大。
その下の画像が昭五式の胸ポケットの縫い付けです。
両者の縫い付けの数が違うのが確認して頂けましたでしょうか?
(だから何?というのか勘弁してください・・・w)
では同部分(胸ポケット)の裏部分はどうなっているのでしょうか・・・?
1つ上の画像が明治三八式の胸ポケットの裏面の拡大。
その下の画像が昭五式の胸ポケットの裏面です。
胸ポケットの裏面を両者並べて、角度を変えてみました。
左が明治38式。右が昭5式です。
末端の処理など細かい部分が違う事がお分かりになると思います。
さて続いては剣吊りの比較。
左が明治38式。
右が昭5式です。
剣吊りの帯の長さがまるで違います。
明治38式の方が短くなっていますね。
やはり剣吊り帯は長い方が利便性が高い&邪魔にならないので
徐々に改善(長くなった)と考えるべきなのでしょうか・・・
いずれも複製品ではありますが可能性はあると思います。
さて
明治38式夏軍衣では内ポケットは左右両側に存在しましたが、
昭5式夏軍衣はどうなのでしょうか・・・?
上記の2つの画像はいずれも中田製昭和5式のものですが、
以前に紹介したとおり片側にしか内ポケットはありません。
う~む何故でしょう。簡略化というより使う事があまりなかったのでしょうか。
さて比較の紹介は以上になります。
他にも襟開閉のホックが微妙に異なったりするのですが、
それは割愛させて頂きますw
余談ではありますが三八式軍衣とはあまり聞いたり見ることのない軍衣なのですが・・・
よく探してみるとありました。
明治三八年戦時服というキャプションです。
今までは袴(ズボン)に裾に紐の無いのは昭五式までと、安直な誤解をしていましたが
どうやらそれ以前から両タイプは存在したのですね・・・
裾に紐のある物が短袴。
無い物が袴。ということのようです。
話は変わりますがイマイチ明治三八式と四五式の区別が付きません。
特に四五式夏軍衣は三八式と生地の色など作りが殆ど変わらないかなどですね・・・
この明治三八式を四五式もしくは改四五式の代用として着用していきたいので
その点は把握できれば装備の幅も大分広がるのですが・・・
以上で中田製 複製 明治三八式夏軍衣袴の紹介でした~
やはり軍帽が似合いますね。以上!
さてさて、いつも通り複製品の紹介をば(ry
今回は・・・
中田製複製 日本陸軍 明治三八式夏軍衣袴 をご紹介致します。
実物は明治38年(1905年)に制式化された戦時軍衣袴が元のようで、
カーキ地に立襟に肩章という昭五式軍衣まで続く伝統の発起ともいえるのではないでしょうか?
三八式夏軍衣の前面背面。
今まで紹介した昭五式夏軍衣、九八式夏軍衣と比較して
生地の色がかなり茶が強いのがお分かりになると思います。
明治三八式夏軍衣の胸部正面のアップ。
生地の色は違えど基本構造は昭五式とあまり変わりません。(こちらが先なんだから当たり前)
しかし細かく見ると同社の昭五式と違う部分があるのです。
袖部分。
袖には赤のバイピングが入っています。これは改四五式軍衣まで続くのですが、
この明治三八式は四五式としても代用というか使えるのでしょうかね・・・
一部では中田三八式=四五式的な意見も聞いたような・・・
襟部のアップ。
立襟で2つのホックで襟を閉じます。
この辺は昭五式と変わりません。
明治三八式の胸ポケットのアップ。
最初見たときは変わった作りだな・・・と思いました。
ポケットの蓋の縫い付けのせいでしょうか。
旧軍の軍衣にしてはあまり見掛けないポケットの縫い付けと作りにみえます。
その辺の比較は後ほど。
続いては剣吊り部分。
もうこの時期より剣吊りが存在します。(1905年)
この剣吊りがいつ頃から軍衣に標準装備されたのかは存じませんが
思えば長い伝統ですね。
次はボタンの拡大画像。
胸ポケットの小ボタンも含め、ボタンは同社の昭五式と形状が大きく違います。
それは見るより触ってみないと気付きません・・・
この明治三八式夏軍衣のボタンは何とひし形のような形状なのです。
本当に一見すると見分けがつきません。
実物はどうかは知りませんが、
中田商店はここまで違いを再現しているのでしょうか・・・!
続いては三八式夏軍衣の内装。
こちらは本来は検定印のある個所でしょうか。
真っ白な白布が縫い付けつけられていますが、ここに氏名などサイズ表記などをするのでしょうか。
上記部分の下にある中田商店の刻印。
右の数字の『2』はサイズを意味しています。つまりMサイズですね。
続いては中田の刻印の下にある内ポケット。
俗に包帯入れと呼ばれている部分ですが、明治三八式でも同様に呼ばれていたのでしょうか。
またその反対側にも同様に内ポケットが存在します。
では・・・昭五式には・・・!?
それも後ほどご紹介致します・・・
さて続きましては・・・
次に袴(ズボン)の画像。
こちらも上衣と同様に赤のバイピングが入っています。
袴正面のアップ。
ボタン式による開閉する社会の窓。
ボタン数は六個です。
そしてここで大きな驚きが・・・
明治三八式の袴はなんとサスペンダーによる吊り式かベルト式のようです。
昭五式、九八式のような紐式ではないのです。
続いて袴の後面のアップ。
ここも中々個性的なつくりです。
袴の後面にあるベルトで腰というかヒップに合わせて調節できます。
意外と丁寧な作りですが・・・・
ベルトそのものは夏軍衣袴と同様の綿素材で出来ています。
それをバックルにある2つの鋭い突起の金具に刺し込んで位置を調節するという結構荒技・・・!
使う度に綿ベルトは穴だらけになるのは必至ですが・・・
本当にこの使い方でよいのでしょうか・・・
袴(ズボン)のポケットは赤のバイピングに隠れるような形で存在します。
この部分が意外とオシャレですね・・w
袴(ズボン)の裾部分。
こちらは以前紹介した中田製昭五式と同様に紐で裾を縛りません。
実はその後、この部分の事実が判明しましたが・・・
それも後ほど・・・でw
さて今度は中田製明治三八式夏軍衣と中田製昭五式夏軍衣を比較していきたいと思います。
いずれの軍衣も素人目には同じ構造の衣服に見えますが・・・
実際は大きく異なる個所が多々あります。
ということで早速画像をば
左が中田製 昭五式夏軍衣。
右が中田製 明治三八式夏軍衣です。
生地の色も大きく違い、ボタンも全く違います。
また背面の裁断が明治三八式では1枚だったものが
昭五式では2枚になっています。
まずは特徴である襟の比較。
実は明治三八式の方が襟は高く出来ています。
左が中田製 昭五式夏軍衣。
右が中田製 明治三八式夏軍衣。
いずれも複製での比較ですが、やはり実物も三八式の方が襟の全高が高いのでしょうか?
軍衣も年式が新しくなるにつれて機能的になってきますので
昭五式に行き着いた時には高襟なのは機能的とは言えなくなったかもしれませんね。
続いては胸ポケットの比較。
左が中田製 明治三八式夏軍衣。
右が中田製 昭五式夏軍衣。
やはりポケットの造りが大きく異なるようです。蓋の形状も微妙に異なります。
左の明治三八式のポケット蓋の作り(縫い付け)が浮いてみえるのは
分厚い裏地への縫い付けのためです。
また画像では確認しにくいですが、ポケットの縫い付けは
左の明治三八式夏軍衣は一点縫いに対して、右の昭五式夏軍衣は二点縫いになっています。
1つ上の画像が明治三八式の胸ポケットの縫い付けの拡大。
その下の画像が昭五式の胸ポケットの縫い付けです。
両者の縫い付けの数が違うのが確認して頂けましたでしょうか?
(だから何?というのか勘弁してください・・・w)
では同部分(胸ポケット)の裏部分はどうなっているのでしょうか・・・?
1つ上の画像が明治三八式の胸ポケットの裏面の拡大。
その下の画像が昭五式の胸ポケットの裏面です。
胸ポケットの裏面を両者並べて、角度を変えてみました。
左が明治38式。右が昭5式です。
末端の処理など細かい部分が違う事がお分かりになると思います。
さて続いては剣吊りの比較。
左が明治38式。
右が昭5式です。
剣吊りの帯の長さがまるで違います。
明治38式の方が短くなっていますね。
やはり剣吊り帯は長い方が利便性が高い&邪魔にならないので
徐々に改善(長くなった)と考えるべきなのでしょうか・・・
いずれも複製品ではありますが可能性はあると思います。
さて
明治38式夏軍衣では内ポケットは左右両側に存在しましたが、
昭5式夏軍衣はどうなのでしょうか・・・?
上記の2つの画像はいずれも中田製昭和5式のものですが、
以前に紹介したとおり片側にしか内ポケットはありません。
う~む何故でしょう。簡略化というより使う事があまりなかったのでしょうか。
さて比較の紹介は以上になります。
他にも襟開閉のホックが微妙に異なったりするのですが、
それは割愛させて頂きますw
余談ではありますが三八式軍衣とはあまり聞いたり見ることのない軍衣なのですが・・・
よく探してみるとありました。
明治三八年戦時服というキャプションです。
今までは袴(ズボン)に裾に紐の無いのは昭五式までと、安直な誤解をしていましたが
どうやらそれ以前から両タイプは存在したのですね・・・
裾に紐のある物が短袴。
無い物が袴。ということのようです。
話は変わりますがイマイチ明治三八式と四五式の区別が付きません。
特に四五式夏軍衣は三八式と生地の色など作りが殆ど変わらないかなどですね・・・
この明治三八式を四五式もしくは改四五式の代用として着用していきたいので
その点は把握できれば装備の幅も大分広がるのですが・・・
以上で中田製 複製 明治三八式夏軍衣袴の紹介でした~
やはり軍帽が似合いますね。以上!
Posted by アンチョビことチビ at 00:16│Comments(6)
│・日本軍 複製レプリカ 装備
この記事へのコメント
>>野方さん
内装部ですね!
三八式外套とは・・・貴重ですね!
内装部ですね!
三八式外套とは・・・貴重ですね!
Posted by アンチョビことチビ at 2013年05月30日 20:07
こんばんは。
いえいえ、「白い布」とは軍衣の内側にあるやつのことです。
私が持っている三八式外套には製作年月の印と記名が数名、そして号数の印がありましたよ。
いえいえ、「白い布」とは軍衣の内側にあるやつのことです。
私が持っている三八式外套には製作年月の印と記名が数名、そして号数の印がありましたよ。
Posted by 野方 at 2013年05月29日 22:22
>>野方さん
この度も古い記事に書き込み下さり恐縮です。
明治十九年式には既に剣吊りはあったのですね!
白い布とは軍袴の後部にあるアレですね。
おっしゃられる通り構造が四五式からとは異なり
面白いですね・・・!
この度も古い記事に書き込み下さり恐縮です。
明治十九年式には既に剣吊りはあったのですね!
白い布とは軍袴の後部にあるアレですね。
おっしゃられる通り構造が四五式からとは異なり
面白いですね・・・!
Posted by アンチョビことチビ at 2013年05月26日 19:15
今更ですが、剣吊りは明治十九年式の頃よりありましたよ。
あの白い布ですが、あれには「明治〇〇年〇月製作」という印と、
号数の印や連隊番号の印が入る以外は大体が記名に使用されていました。
他に「明治〇〇年〇月供用」という印が入ることもありました。
まだ「改四五式」や「昭五式」などの型式の印もない、
四五式以前の時代の軍衣袴や外套は、そういった意味で面白いです。
それと、私は三八式軍衣袴は持ち合わせていませんので
明治十九年式を引き合いに出させていただきますが、腰のベルトはあの形状でした。
あの白い布ですが、あれには「明治〇〇年〇月製作」という印と、
号数の印や連隊番号の印が入る以外は大体が記名に使用されていました。
他に「明治〇〇年〇月供用」という印が入ることもありました。
まだ「改四五式」や「昭五式」などの型式の印もない、
四五式以前の時代の軍衣袴や外套は、そういった意味で面白いです。
それと、私は三八式軍衣袴は持ち合わせていませんので
明治十九年式を引き合いに出させていただきますが、腰のベルトはあの形状でした。
Posted by 野方 at 2013年05月25日 01:36
>>ねこさん
こんにちわ!ねこさん!
ええ!?それは誠でしょうか・・・!
通りで四五式や改四五式といった夏衣袴の実物でも
ラインが入っているものが少ないなぁ・・・と感じていましたが
まさかそのような理由がありましたとは・・・!
また勉強になりました!いつも私のような者に御教授して頂き
本当にありがとうございます!
しかしそうなりますと、この三八式の赤のバイピングは
取り外した方が良いということですね・・・
う~ん・・・少々勿体無い気もしますから悩みます
ともあれ貴重な情報、本当にありがとうございました!
こんにちわ!ねこさん!
ええ!?それは誠でしょうか・・・!
通りで四五式や改四五式といった夏衣袴の実物でも
ラインが入っているものが少ないなぁ・・・と感じていましたが
まさかそのような理由がありましたとは・・・!
また勉強になりました!いつも私のような者に御教授して頂き
本当にありがとうございます!
しかしそうなりますと、この三八式の赤のバイピングは
取り外した方が良いということですね・・・
う~ん・・・少々勿体無い気もしますから悩みます
ともあれ貴重な情報、本当にありがとうございました!
Posted by アンチョビことチビ at 2012年01月09日 12:10
夏衣袴に赤のラインが入るのは在郷軍人用だけですよ…
Posted by ねこ at 2012年01月09日 10:45
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